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シルクロードと日本

シルクロードと日本シルクロードに恵まれていた東方国家は中国を始めとする大陸の国々だけではありません。

日本では、奈良の正倉院に残る数多くの中国製やペルシア製の宝物、天平時代に遣唐使に随行してペルシア人が日本に来朝したことに関する記録などがあります。当時の日本は唐代の東西交通路に連なっていたと認識されており、摂津国の住吉津(現在の大阪市住吉区)は「シルクロードの日本の玄関」、飛鳥京や平城京は「シルクロードの東の終着点」と呼ぶことがあります。

日本では学校教育でシルクロードを取り上げてはいましたが、中国との文化交流が進む過程でNHKが1980年に放映した『NHK特集 シルクロード-絲綢之路-』によって一躍シルクロードの名は有名になりました。日本ではシルクロードという語は独特のエキゾチシズムと結びついており、西安や新疆、ウズベキスタン、イラン、トルコなどへの海外旅行情報やツアーの広告には必ずと言っていいほど「シルクロード」という言葉が記されています。特に中央アジア(敦煌〜サマルカンド)といえばシルクロード、という連想は非常に強いのです。

なお、日本国内においても、幕末から明治にかけて、日本の主要な輸出品であった絹を横浜港に運ぶ交易路が存在し、その集積地があった八王子から横浜にかけての道が「絹の道」や「シルクロード」と呼ばれることもあるらしいのです。