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シルクロードの起点と終点

シルクロードを中国とローマとの間の主要貿易路とするならば、その中国側起点は洛陽(河南省洛陽市)です。長安(陝西省西安市)という説も有力でしたが、2007年4月に中国政府は洛陽であると認定しましたからです。その欧州側起点はシリアのアンティオキアと定義できます。この名称をリヒトホーフェンとヘディンが使用した意味で理解すれば、この隊商路の主要な路線は次の3本になります。シルクロードの起点と終点

一は敦煌(とんこう)からアルトゥン山脈に沿い、ホータン、ヤルカンドなどタクラマカン砂漠南辺のオアシスを通過してパミール高原に達する南方の交通路 (西域南道)です。これが最も古いのです。砂漠の南を通ることから漠南路とも呼び習わします。

二は敦煌からトゥルファンを経てウルムチに達し、イリ川流域にいたる道です。この北方のシルクロードはおそらく紀元後数年に開かれたと思われます。天山山脈の北麓を進むことから天山北路とも呼び習わします。

三の敦煌から楼蘭(ろうらん)を経てコルラに達する中央路は北方路よりも古く、南方路と同じ頃の紀元前2世紀にさかのぼり、最も重要な隊商路として4世紀前半まで使用されていました。天山南路あるいは漠北路ともいいます。

広義のシルクロード、すなわち西トルキスタン(旧・ソ連領中央アジアの一地域)以西の東西隊商路は多数の路線に分岐していました。